2008年03月25日

榊原政岑

榊原政岑(1713年-1743年):譜代大名
第35代姫路城主・第18代姫路城主(石田説)・第2次榊原家3代姫路藩主・榊原家8代当主
1732年「18歳」で姫路城主に、在位期間9年、謹慎・蟄居で退位

傍系の榊原勝治(榊原政邦の弟)の次男であったが
家督を継ぐため、実兄の榊原勝久死後、兄「勝久」の養子になり傍系を継ぐ
その後、本家である「榊原政祐」に子が無い為(独身)
第2次榊原家2代藩主「榊原政祐」の養子となり榊原家を継ぐ

「生野一揆の鎮圧を支援」


エピソード
江戸新吉原の遊女高尾に入れあげる
寛保元年(1741年)06月 高尾を身請け「身代金2,500両 総経費3,000両」
 就封に際し、高尾を連れ、姫路城西屋敷に住まわす
 (1両=10万円 現在のお金に換算すると約3億円)
寛保元年(1741年)10月 政岑不行跡のため、隠居謹慎を命じられる
 また、子、政永に家督を与え、所替えを命ぜられる
 後、政岑と共に越後高田へ

移封される前に、姫路の思い出にと、祭事を行ったのが始まりと伝えられているのが
「ゆかたまつり」


エピソード2
そりゃ...お姉ちゃんに3億使ったらねぇ、飛ばされます(笑)
でもね♪ 榊原政岑さんってお姉ちゃんに使ったお金は3億だけでは無いのです。
姫路に来る時に「高尾太夫」さんの他にも
立寄先の、京都と有馬で数名を身請けし、姫路に来ましたガーン

正室は怒らなかったのかって?産後の肥立ちが悪く、他界され......
そのショックから、お姉ちゃん遊びをするように、なったそうです。

一説によると
「榊原政岑」の後、姫路藩主になった「榊原政永(1735年-1808年)」ですが
「政岑」が京都の芸子か舞妓か遊女に生ませた子 って説があります。


エピソード3
転封先の越後高田では、子の榊原政永と共に藩を再建
越後高田では、大変評判が良い

参考資料
「姫路市立城郭研究室」平成19年度「姫路城ゼミナール資料」

「石田説」:池田輝政を初代姫路城主とする説

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