2008年04月01日

縄張り・普請(石垣等)

「第2講:縄張り・普請(石垣等)(2007/8/8受講)」

1333年(元弘3):赤松円心、姫山に縄張り
1346年(貞和2):赤松貞範、姫山に城を築く
1581年(天正9):羽柴秀吉、姫路城の築城
1601年(慶長6):池田輝政、姫路城の大改修(築城とも記載されています)
1617年(元和3):本多忠政、姫路城を改修

花まる上記は「姫路観光文化字典」にも記載されています花まる

姫路城の創建
第1期
 1333「赤松円心、姫山に縄張り」(播磨鑑)
 1346「赤松貞範、姫山に城を築く」(播州諸城交替連綿之記)
 1349「小寺頼季、姫路城に置く」
第2期
 1441「山名持豊、播磨国を与えられ姫路に入る」(姫路考略記)
 1545「黒田重隆、小寺の命により姫路城へ」(黒田家譜)
第3期
 1555「上月里軒、姫路山を称名寺に売る」(正明寺文書)
 1561「姫路御構 の存在確認」(正明寺文書)
 1579「羽柴秀吉、播磨侵攻」(信長公記)
第4期
 1580「秀吉、姫路城築城」(龍野町制札)
 1609「姫路城天守完成」(池田家履歴略記、墨書銘)
 1618「西の丸造成許可」(本多家文書)
 1656「天守大柱根継、補強柱」(工事報告書3)

とされていますが、第1期に造られたとする説がある一方で

「第1期&第2期」に城が存在したことを証明する史料が見つかっていないそうです。
また「無かった」ことを証明する史料も無いそうです。

そんな中途半端な状態で「姫路市史」に記載する訳はいかないので
「姫路市史」には、史料的な裏付けが得られる第3期以降に
姫路城が創建された っと書かれているそうです。

『え?』

1545「黒田重隆、小寺の命により姫路城へ」(黒田家譜)
コレって、黒田家の史料に書かれているのに!っと思ったのですが

「黒田家以外の第三者が書いた史料が無い」為、却下だそうです。


1609「姫路城天守完成」(池田家履歴略記、墨書銘)
コレに関しては、池田家の史料に書かれていると共に
柱等に当時の工夫さんが墨書きを残しているので、採用だそうです。



ピカピカ「建物」は残っているが「史料」が残っていない「姫路城」
 史料が少ない為、推測が多いそうです。

『末裔の皆様、私は史料が見たい だけです』
っと城郭研究室の方がせつに訴えてらっしゃいました

『史料が門外不出なのは解っております
 配慮もいたします』っとおっしゃってました

もし、史料をお持ちの「姫路城主」やその関係者の末裔の方
城郭研究室の口の堅い学芸員さんを紹介いたしますので、ご一報下さい♪


この日のゼミでは
姫路城の史料が少ない事と
門外不出の本当の意味を知った日でしたワーイ

石垣ネタは長くなるので、別途書きます。
姫路市立城郭研究室で受講した内容を「思い出しながら」書きました
内容はかなりマニアックですがご了承下さいm(__)m。

姫路市立城郭研究室 平成19年度「姫路城基礎ゼミナール」Aコースの講義内容

第1講:姫路城の歴史
第2講:縄張り・普請(石垣等)
第3講:作事(御殿等)
第4講:城下町等
特 講:広島大学大学院「三浦正幸」教授による特別講義
第5講:姫路城現地見学
第6講:姫路城と人物・伝説
第7講:姫路城と芸術
第8講:姫路城と暮らし
第9講:世界遺産を守る
タグ :姫路姫路城

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