2007年05月25日

5/25【姫路の歴史】の問題

Q1 「播磨風土記」に書かれた「蚕子(ひめこ)の流れ着いた丘」から変化をへて
   「姫路」と言う名前になりました。地名変化の流れを古い順に並び替えて下さい。
   「姫路」「姫道」「日女道」「姫地」

Q2 鎌倉時代末期「建武の新政」で大きな役割を担った、播磨の人物は?

Q3 姫路城のはじまりとされる、姫山に正平元年(1346)初めて城郭を構えた人物は?

Q4 天正4年(1576)織田信長に命じられ、播磨・中国を攻めた人物は?

Q5 「西国将軍」「播磨百万石の太守」と称された人物は?


答えは後日発表します。答えが解った方は、書いて下さいね!

星ルール
なるべく、多くの方に楽しんで頂きたいので、お1人様1問でお願いします。
(先着5名様♪)
本日の問題は6/1に制限を解除します。
(6/1日付での回答はお1人様何問でもOK!)

参考書籍
「姫路観光文化字典」(姫路観光文化検定テキスト)初版


答え
A1.「日女道」=>「姫道」=>「姫地」=>「姫路」
A2.赤松則村(円心)
A3.赤松貞範(赤松則村の次男)
A4.羽柴秀吉
A5.池田輝政

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